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滝川一益(たきがわかずます)

戦国武将[日本]

(天正14年9月9日没)

1586年 10月21日 死去享年62歳

滝川一益 - ウィキペディアより引用

滝川 一益(たきがわ いちます / かずます)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。
織田信長の家臣。
織田四天王の一人。
出自と名前 父は近江国甲賀郡の国人・滝川一勝もしくは滝川資清といわれているが、この2人は同一人物説もあり、どのような人物であったかは定説を見ない。
また、兄として高安範勝が挙げられることもあるが、一族(父の従兄弟)とする系譜もある。
また、池田恒興と同族(従兄弟)とされる場合もある。
更に中村一氏は甲賀二十一家の一つ・滝氏の出身ともいわれ一益の同族とする説もある。
また、忍者であったという説もあるが、これも明確な根拠があるものではない。
甲賀出身という説の他に、志摩の国人・九鬼嘉隆が織田信長に仕官する際に一益が仲介したこと、婿の滝川雄利は伊勢国司北畠氏の一族木造氏の出身であること、長年伊勢攻略を担当し、攻略後も北伊勢に広大な所領を与えられていることなどから、伊勢あるいは志摩出身とされる場合もある。

たきがわかずます [生]大永5(1525).近江,大原[没]天正14(1586).9.9.越前,大野安土桃山時代の武将。左近将監と称する。織田信長に仕え,天正2(1574)年伊勢の長島一揆を平定,長島城主となった。同10年武田氏滅亡により上野厩橋城主となったが,本能寺の変後,北条氏に敗れ,長島に帰る。柴田勝家と結び豊臣秀吉と戦ってくだり,同12年7月織田信雄,徳川家康らと小牧山に戦って敗れ(→小牧・長久手の戦い),出家した。 (引用元 コトバンク)