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田中角栄 氏(たなかかくえい)

政治家、日本国内閣総理大臣[日本]

1993年 12月16日 死去甲状腺亢進症、肺炎享年75歳

田中角栄 - ウィキペディアより引用
田中 角榮(たなか かくえい、1918年(大正7年)5月4日 - 1993年(平成5年)12月16日)は、日本の政治家、建築士。
衆議院議員(16期)、郵政大臣(第12代)、大蔵大臣(第67・68・69代)、通商産業大臣(第33代)、内閣総理大臣(第64・65代)等を歴任した。
来歴・人物 自民党最大派閥の田中派(木曜クラブ)を率い、巧みな官僚操縦術を見せる田中は、党人政治家でありながら官僚政治家の特長も併せ持った稀な存在だった。
大正生まれとして初の内閣総理大臣となり、在任中には日中国交正常化や日中記者交換協定、金大中事件、第一次オイルショックなどの政治課題に対応した。
政権争奪時に掲げた日本列島改造論は一世を風靡したが、後にその政策が狂乱物価を招いた。
その後の田中金脈問題への批判によって首相を辞職、さらにアメリカ合衆国の航空機製造大手ロッキード社の全日空への航空機売込みに絡んだ贈収賄事件(ロッキード事件)で逮捕収監され自民党を離党した。

本間 幸一氏(ほんま・こういち、本名昴一=こういち=田中角栄元首相の元地元筆頭秘書)30日午後10時30分、うっ血性心不全のため新潟県長岡市の病院で死去、88歳。新潟県出身。自宅は長岡市金房3の4の7。葬儀は2日午前11時30分から長岡市南町1の1の11のセレモニーホール長岡会堂で。喪主は長女の夫三郎(さぶろう)氏。 1946年、田中元首相の衆院選初出馬(落選)時から秘書を務める。長く地元の筆頭秘書として東京とのパイプ役を担い、「国家老」と呼ばれた。(2011/05/31-19:39)