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谷崎潤一郎 氏

作家[日本]

1965年 7月30日 死去享年80歳

谷崎潤一郎 - ウィキペディアより引用

谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年(明治19年)7月24日 - 1965年(昭和40年)7月30日)は、日本の小説家。
明治末期から第二次世界大戦後の昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き終生旺盛な執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。
現在においても近代日本文学を代表する小説家の一人として、評価は非常に高い。
初期は耽美主義の一派とされ、過剰なほどの女性愛やマゾヒズムなどのスキャンダラスな文脈で語られることが少なくないが、その作風や題材、文体・表現は生涯にわたって様々に変遷した。
漢語や雅語から俗語や方言までを使いこなす端麗な文章と、作品ごとにがらりと変わる巧みな語り口が特徴。
『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』など、情痴や時代風俗などのテーマを扱う通俗性と、文体や形式における芸術性を高いレベルで融和させた純文学の秀作によって世評高く、「文豪」「大谷崎」と称された。
その一方、今日のミステリー・サスペンスの先駆的作品、活劇的な歴史小説、口伝・説話調の幻想譚、果てはグロテスクなブラックユーモアなど、娯楽的なジャンルにおいても多く佳作を残している。

(1886年-1965年)作家。男と女の関係を描き続けた。3度の結婚に彩られた人生を歩んだ谷崎にとって、美しい女性との恋が作品を生み出す原動力だった。東京日本橋に生まれ、旧制府立一中(現日比谷高校)、第一高等学校を経て東京帝大国文学科に入学するも、のちに1911年、授業料未納のために中退。父の家業の失敗により家計は苦しく苦学する。 1910年9月、小山内薫、和辻哲郎、大貫晶川らと第二次「新思潮」を創刊したが直ちに発禁。11月、実質のデビュー作『刺青』を「新思潮」に発表、続けて『麒麟』なども発表。1911年3月、「新思潮」廃刊。同年「三田文学」11月号誌上で永井荷風に激賞され、文壇的地位を確立した。 その後、『痴人の愛』(1924年)、『卍(まんじ)』(1928年)、『春琴抄』(1933年)、『細雪』(1943年〜1948年)、『少将滋幹の母』(1949年)、『鍵』(1956年)など、豊潤な官能美と陰影ある古典美の世界を展開して常に文壇の最高峰を歩みつづけ、1965年7月30日、腎不全から心不全を併発して神奈川県湯河原町・湘碧山房で死去。享年79。 この間、『細雪』により毎日出版文化賞(1947年)及び朝日文化賞(1949年)を、『瘋癲老人日記』(1961年)で毎日芸術大賞を(1963年)、また、1949年11月には、志賀直哉と共に第8回文化勲章を授与された。1941年、日本芸術院会員、1964年、日本人としてはじめて全米芸術院・アメリカ文学芸術アカデミー名誉会員に選ばれた。 (引用元 Hatena Keyword)